2010年3月2日火曜日

それにしても



昨日から白骨温泉に出かけました。休みをいただいての保養です。乗鞍高原からスーパー林道を経由して自宅から約1時間半・・・・まだ三月に入ったばかりだから雪は多いだろうと覚悟の上のドライブでしたが、道にはもちろん周囲の山々にも雪が少なく、期待はずれでした。確かに最近春のようなバカ陽気が続いていましたが、これほどとは・・・・

三月下旬のような姿です。このまま素直に春が来るとは思えないですが、「どこかで春が・・」なんてもんじゃなくて「春が来た春が来た」という雰囲気で、コート無しで十分でした。

それにしても白骨温泉のお湯は堪能します。昨日からなんと4回入浴しました。ぬる目のお湯はのんびりゆっくり入るのに最適です。硫黄の香りがなんともいえぬ雰囲気を作ってくれます。ここの温泉は240年もの長い間人々に親しまれてきているとのこと。特に冬はこの白骨の醍醐味を堪能できる季節。昨日は何と雨降りでしたがこれが雪であったらなお一層素敵な思い出になったのに、残念です。ま、それでも湯の温もりがしっかり体と心ににしみた素敵な時間でした。

2010年2月11日木曜日

花に学ぼう 鳥に学ぼう

このタイトルは一昨年、私が事務局を担ったあるセミナーで、立松和平さんからいただいた色紙に書かれているもの。私の書斎に掲げてあります。今年の年賀状にも私の思いを表現する最適なメッセージとして書かせて頂きました。
彼とは15年くらい前でしたか、食を通じた地域の活性化を皆で考えようと考えたシンポジウムで基調講演をお願いしたときが初めての出会いでした。本日付の松本市民タイムスコラムを執筆している論説子もシンポジストのおひとりでした。私は事務局でした。あの時立松さんは自分で会場まで来るから迎えには及ばないと・・・リュックサックを背負っていつの間にか会場に見えていました。あの当時は,ニュース番組ですでにおなじみの方でした。気さくで朴訥に語るあの語り口が忘れられません。彼は、知床での農業に取り組む想い、そしていのちを継ぐ海への想いをわかりやすく端的な言葉で語ってくれました。勿論、後の懇親会が盛り上がったことは言うまでもありません。今日中に東京に帰りたいと、大丈夫だからとリュックサックを背負ってお一人で松本駅に向かわれた後姿をいまさらながら思い出します。
それから十数年の後、そこでいただいた色紙がこんなにも重く私に語りかけてこようとは。
いつの時代でも大切なものは変わりが無いはずです。当たり前のことを当たり前に人の心に愚直に語りかけることの出来る大きな存在が消えてしまいました。この地球にとって大切なものは何なのか、「仕分け」という言葉に踊る世間に危機感を覚えるのは私だけではないはずです。
自分なりに彼の思いの何万分の一でも伝えることが出来ればと心新たです。

2010年1月31日日曜日

如月

早いもので明日から2月。
私の住んでいる信州は冬の真っ只中ですが
このごろ梅の便りを聞くようになりました。
遠い山の向こうで小さな春が目を覚まそうとしているかもしれません。

今日は久しぶりに駄犬の散歩に出かけました。
吹く風は冷たかったのですが
田んぼ路を歩くことは心のリフレッシュにもなります。

ぶどう園の剪定も終わり切り落とした枝の片付けも完了。
まだまだ春に向けた作業は続きますが
秋の稔りへの期待は益々膨らんできます。
農道を通る人が「大変ね」と声をかけてくれます。
大変ではなく「楽しいね」です。

毎年毎年新しい命を迎える・・・・
農の奥深さの入り口にようやく立てたような気がします。
自分にとって素敵な農があればそれでいいと思います。

さ、明日から新しい月。
産まれたばかりの春の香をどこかに見つけに行きたいですね。

2010年1月10日日曜日

さあ、スタート


三連休の2日目です。今朝は白いものがチラッと舞いましたが穏かな一日のスタートとなりました。昨日、雲ひとつ無い晴天の下でぶどう園の剪定作業がスタートしました。この作業が今年の出来不出来を左右するといっても過言ではありません。でも、何年やっても難しいです。


JAの指導員はてきぱきと鋏を入れていきます。ここをこう落とせば来年はこうなる・・・・・枝が込んでいるところは樹そのものを切る・・・・・まさに鮮やかに鋏を入れながら明快に説明をしていく。仲間とわいわいがやがや言いながら切り込んでいく秋には結果が出ます。


遠くに見えるアルプスの山並みが優しく微笑んでくれているようでした。気心知れた仲間との作業・・・・
大切な時間です。

2009年12月29日火曜日

師走絶景


穏かな一日でした。
ふと思い立ち安曇野を眼下に見下ろせる場所にカメラを担いで出かけました。
ここしばらくカメラに触ることも無く時間が過ぎていましたが、
久しぶりの撮影です。
夕暮れ間近の雰囲気を出すのは難しいですね。
一年がまた暮れようとしています。
今年は定年退職、そして再就職と大きな変化のあった一年でした。
皆さんにとって行く年の後姿はどうですか。
さびしくもあり安堵感もあり・・・・・想いは複雑ですね。
行く年は決して振り返ってはくれません。
音も立てずに去っていくだけです。
新しい年がもうそこまで来ています。
新しい年はどんな姿で自分を迎えてくれるのでしょうか。
きっといろんなことが待ち構えているでしょうが
一つ一つ乗り越えていくしかないですね。
ストンと肩の力をぬいて
一歩前へですかね

2009年12月6日日曜日

師走快晴



このところすっきりと晴れ渡る日がありませんでしたが、今日は朝から爽やかな青空。周囲の山々も輝いているかのようです。アルプスはここしばらく雲に隠れていましたが、雪を抱いた美しい姿を見せてくれました。ほっとする一瞬でもあります。
師走に入りもう一週間が過ぎようとしています。昨夜は近所の農家の皆さんとの恒例の収穫祝いでした。夫婦同伴でわいわいがやがやと楽しいひと時をすごしましたが、しばらく前に比べると随分年をとったなあと感じます。出席者の中では私は最年少・・・・60台半ばから70台後半までが中心といったところでしょうか。高齢社会という言葉を聞かない日はありませんが、ここに住んでいる人たちの多くは2世代3世代同居が主流。勿論全員が兼業農家でもあり、農業の中心はここに集った「高齢者」たちです。日本農業の縮図のようなところですが、荒れている田も畑もありません。家族が支えあって米づくりや野菜づくりに精を出す。この大切なものを「小規模高コスト」と、揶揄して来た人たちが、ここに至って手のひらを返したような論調を張る怪しげな世の中ですが、「自分の農業をきちっとやる」これでいいのだと思います。ひとりだけでは出来ません。顔の見える人たちが手を携えて土と向き合う暮らしのあるこの場所が好きです。

2009年11月15日日曜日

贅沢な時間



先週思いがけず禅寺を訪問しました。
広島県福山市の山中にある「神勝寺」です。
広大な敷地にう~んとうならせる庭、伽藍・・・・
写真にある座禅堂で生まれてはじめての座禅の行を体験しました。
この寺の「開山」の経緯等はホームページにありますからご覧ください。
日々の暮らしの中のさまざまな思い「雑念」を捨て、「無の心」になるために・・・・と僧侶が語っていました。坐禅によって体と呼吸が整えられ心も整えられと、自我で濁っていた自分の心も澄んで来るのだ・・・・と
あまりにも世俗的で心の迷いの多い自分ですが、ここで過ごした一時間は自分の心との対話だけに集中でき、終わりに僧侶が語ってくれた「自分とだけ向き合う贅沢な時間」という言葉が心を離れません。
組んでいる足は徐々にしびれてくるし体を揺り動かすことは許されないし、始まったばかりはこれは艱難辛苦だぞとの想いは、半分危惧に終りました。途中休憩を挟んだ後半には、すうっと自分の世界に入ることの出来る妙な感覚を覚えました。
これで全てを知ったわけでもありませんし、ほんの入り口を垣間見ただけですが、何か惹かれるものを感じたひと時でした。